投資家ハワード・マークスが儲けた方法

投資家ハワード・マークスが儲けた方法

投資の世界には、市場の移り変わりや投資家の心理を深く洞察し、それを「手紙(メモ)」という形で投資家たちに共有することで、絶大な信頼と評価を得てきた「賢者の投資家」がいます。それが、世界的な資産運用会社「オークツリー・キャピタル・マネジメント」の共同創業者であり、共同会長を務めるハワード・マークスです。彼は、特に「不人気な市場」や「ディストレス債」(経営が悪化した企業の債券)への投資で名を馳せ、「リスクを管理しながらリターンを得る」という独自の哲学を追求してきました。

今回は、ハワード・マークスがどのような人物で、彼の「投資哲学」がなぜこれほどまでに多くの投資家から尊敬されているのかを、分かりやすく解説していきます。


ハワード・マークスの足跡:債券アナリストから「メモの賢者」へ

ハワード・マークスは、1946年にアメリカのニューヨーク市で生まれました。ペンシルバニア大学のウォートン・スクールで経済学を学び、シカゴ大学でMBA(経営学修士)を取得します。彼のキャリアは、シティバンクやTCWグループといった大手金融機関で、債券アナリストやポートフォリオマネージャーとしてスタートしました。

彼が頭角を現したのは、特に「ハイイールド債(高利回り債)」や「ディストレス債」と呼ばれる分野での専門知識でした。ハイイールド債は、信用格付けが低い企業が発行する債券で、デフォルト(債務不履行)のリスクが高い分、利回りが高いのが特徴です。ディストレス債は、さらに経営が悪化し、破産寸前の企業が発行する債券で、価格が大幅に下落しているものの、企業の再建や資産の売却によって回復する可能性を秘めています。

1995年、マークスは長年の同僚と共に「オークツリー・キャピタル・マネジメント」を共同設立します。この会社は、設立以来、「非伝統的」な投資戦略に特化し、特にクレジット市場(債券市場)におけるディストレス投資で世界的に有名になりました。彼は、他の多くの投資家がリスクを避けるような市場の混乱期や、誰も見向きもしないような不人気な資産にこそ、大きなチャンスが眠っていると考えました。

しかし、彼が本当に世界中の投資家から尊敬されるようになったのは、彼が顧客や投資家に向けて定期的に発信する「メモ(Memos)」と呼ばれる手紙によってです。これらのメモでは、彼自身の投資哲学、市場の見方、リスクに対する考え方などが、非常に深く、そして分かりやすい言葉で綴られています。これらのメモは、ウォーレン・バフェットが自身の「オマハからの手紙」を投資家に向けて書いているように、投資の世界における「知恵の宝庫」として、多くのプロの投資家たちに読まれ、愛されています。


なぜ「メモの賢者」と呼ばれるのか?

ハワード・マークスが「メモの賢者」と呼ばれる理由は、彼が定期的に発信する「メモ」の中に、彼の深遠な投資哲学と市場に対する洞察が詰まっているからです。彼の哲学は、特に以下の点を強調しています。

  • 「第二レベルの思考」: 彼は、単に物事を表面的なレベル(第一レベル)で考えるのではなく、「その裏に何があるのか?」「他の人はどう考えているのか?」「その考えは正しいのか?」という、より深いレベル(第二レベル)で考えることの重要性を説きます。多くの人が「良い会社だから買う」と考える時、彼は「多くの人が良い会社だと思っているから割高になっているのではないか?」と考えるのです。
  • 「市場のサイクル」: 彼は、市場には常に「振り子」のように、楽観と悲観が繰り返されるサイクルがあることを指摘します。そして、このサイクルを理解し、市場が過度に悲観的になっている時に買い、過度に楽観的になっている時に売るという「逆張り」の考え方を重視します。
  • 「リスクの理解と管理」: 彼は、リスクを単なる「標準偏差」(統計的なブレ)として捉えるのではなく、「恒久的な資本損失の可能性」として定義します。そして、リターンを追求するよりも、まず「リスクを理解し、それを管理すること」を最優先に考えます。
  • 「質の低い市場」に注目: 彼は、多くの人が手を出さないような、情報が少なく、流動性が低い「質の低い市場」(例えば、ディストレス債市場など)にこそ、効率性の低いがゆえに割安な投資機会が眠っていると考えます。
  • 「価値の評価」: 彼は、企業の見た目の利益だけでなく、その企業の持つ資産、将来のキャッシュフロー、事業の質など、あらゆる側面からその企業の「本質的な価値」を徹底的に評価することを重視します。

彼のメモは、単なる市場分析に留まらず、投資家の心理、経済学の原理、そして人生の哲学にまで踏み込んだ内容で、多くの投資家から「投資の羅針盤」として頼りにされています。


マークス流「価値とリスク」の核心

ハワード・マークスの投資哲学は、**「リスクを理解し、管理することによって、初めて持続的なリターンが得られる」**という考え方に集約されます。

彼の投資手法は、具体的に以下のような特徴があります。

  1. 「安全域の追求」: 彼は、ベンジャミン・グレアムのバリュー投資の教えにある「安全域」(本質的価値よりも低い価格で投資すること)を非常に重視します。これにより、予測が外れた場合でも、損失を最小限に抑えることができます。
  2. 「景気循環とクレジットサイクルの理解」: 彼は、経済全体の景気循環だけでなく、特に金融市場における「クレジットサイクル」(信用供与の拡大と収縮の繰り返し)を深く理解し、それがディストレス資産の価格にどう影響するかを予測します。信用が収縮し、多くの企業が資金繰りに苦しむ時こそ、割安なディストレス債が生まれるチャンスだと考えます。
  3. 「忍耐力と非合理的な市場の利用」: 彼は、良い投資機会が訪れるまで、何年でも辛抱強く待つことができます。そして、市場が過度に悲観的になったり、逆に過度に楽観的になったりする「非合理的な行動」を、投資のチャンスとして捉えます。
  4. 「徹底したデューデリジェンス」: 彼は、投資対象となるディストレス債や不人気な企業を、弁護士のように徹底的に調査します。企業の財務状況、契約内容、法的なリスク、資産の価値などを深く掘り下げて分析し、再生の可能性や残された価値を評価します。
  5. 「損失が出ている時こそ、冷静に評価する」: 彼のファンドは、しばしば「危機」や「困難」な状況にある資産に投資します。そのような時こそ、感情的にならず、冷静にその資産の真の価値とリスクを再評価し、必要であれば追加投資を行う勇気を持っています。

彼の成功は、市場の喧騒から一歩引いて、物事の本質を深く見極め、リスクを徹底的に管理するという、非常に思慮深く、規律正しいアプローチによって築き上げられました。


私たちもハワード・マークスから学べること

ハワード・マークスの投資哲学は、プロの投資家だけでなく、私たち一般の人々にとっても、人生の様々な局面で役立つ普遍的な知恵に満ちています。

  • 「第二レベルの思考」を習慣にする: 物事を表面だけで判断せず、「なぜそうなるのか?」「他の視点はないか?」と深く考えることで、より本質を見抜く力を養う。
  • 「リスク」を正しく理解する: 漠然とした不安ではなく、「何が、どの程度、どれくらいの確率で悪い結果につながるのか」を具体的に考えること。
  • 「感情に流されない」冷静さ: 周囲の意見や流行に惑わされず、自分の頭で考え、客観的な事実に基づいて判断する訓練をすること。
  • 「市場のサイクル」を意識する: 物事には好不調の波があることを理解し、焦らず、長い目で状況を見守る忍耐力を持つこと。
  • 「学び続ける姿勢」: 彼が「メモ」を書き続けるように、常に新しい知識を吸収し、自分の考えを深め、それを整理してアウトプットする習慣をつけること。

ハワード・マークスは、その深い洞察力と、それを人々に分かりやすく伝える能力で、投資の世界に大きな影響を与えてきた「賢者の投資家」です。彼の物語は、知性、規律、そして何よりも「謙虚さ」が、いかに投資の世界で重要であるかを示しています。彼の哲学を学ぶことで、私たちも、複雑な世界を読み解き、賢明な判断を下し、自身の目標に向かって粘り強く取り組むヒントを見つけられるはずです。

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